
名古屋大学教授・前名古屋大学博物館長
理学博士 大路樹生
愛知県には未来につなげていかなければならない、世界に誇れる自然遺産がいくつもあります。SDGsへの行動が必要な今だから、私たちの愛知県にも「県立自然史博物館」を持ちたいと立ち上がりました。

自然史と自然史博物館
「自然史」とは?
「自然史」という言葉を聞いたことがあるでしょうか? 何かよくわからないけれど、自然史博物館という言葉を聞いたことがある、また博物学のように自然にある動物や植物、化石を研究し名前を付け、分類する学問、という漠然としたイメージを持っている方がいるかもしれません。また「史」がついているので、歴史に関する学問と思われる方もいるでしょう。
自然史とはもともとこの世の中の自然物にどのようなものがあるのかを調べ、記述する学問でした。はじめは歴史の側面は持っていませんでした。18世紀、19世紀には世界中を探検し、また深海の調査を行い、今まで知られていない様々な動植物や化石の種類が明らかにされ、どんどん記載されていきました。それ自体が自然史の大きな目的でした。その後、自然史は動植物や岩石鉱物、化石がどのような過程で出来上がっていったのか、現在に至っているのかというプロセス、成立過程を調べる研究も含むようになりました。つまり私なりに定義すると、自然史は自然の多様性とその進化を調べる学問、ということができます。現在では「史」にあたる、成立した歴史的側面も研究する学問ということができます。
博物館は研究の場
さて、自然史を扱う場所には自然史博物館などの博物館施設と、大学の研究機関があります。どちらにも自然史研究を行う研究者がいます。しかし大学の研究機関からは自然史を研究する人がどんどん少なくなっています。これは幸か不幸か、学問がますます分析的になっていることと関係しています。一方で自然系の博物館で自然史を研究する方は大勢いらっしゃいます。
博物館はもともと紀元前にアレクサンドリアに作られたムゼイオンという所にその起源があります。このムゼイオンは標本を集めるというより研究機関の性格が強いところでした。つまり博物館はそこに集められた標本を研究し、分類を行い、またそれがどのような歴史や進化を経てきたのか、どのような成立過程を経て現在見られる形になってきたのかを研究するところ、ということができるでしょう。動植物や岩石、鉱物、化石などの自然史の対象物を考えれば、自然史研究の中心地の一つとして機能するところとも言えるでしょう。つまり博物館は展示や標本の保管など多くの機能を持っているけれど、その中心には研究がある、ということです。
なぜ愛知県に博物館が必要か?
上に述べたように、自然史博物館は貴重な標本を保管しそれを研究し、そして論文の形で研究成果を発表し、それを後世に伝えるという役目があります。そのような博物館がないために、ある地域から発見されたけれど結局廃棄され散逸してしまう標本はとても多い状況です。本来貴重な自然遺産や大きな研究成果として後世に伝えられたはずのものが、失われてしまうのはとても残念なことです。また標本の保管と同等、あるいはそれ以上に重要なことに、自然史博物館が自然史研究の核としてその地域に貢献するという役割があります。
自然史博物館は研究者がいて標本の研究やフィールド調査を行うことで自然史研究を進めるところです。そこから生まれた研究結果が学問を進め、やがてそこは地域の、そして日本の文化の核となって行くでしょう。そのような自然史博物館を持つことは、その地域の文化の力を示しているとも言えるでしょう。アメリカやヨーロッパの例を挙げるのが良いとは思いませんが、多くの自然史博物館が存在し、そこで活発な研究が行われ、その結果が博物館の展示に生かされ、地域の方々、子供たちにわかりやすくその成果を伝えている様子を見ると、うらやましい気持ちになります。愛知県に自然史博物館がないということは、残念ながらこの地域に自然史研究の文化が根ざしていない、ということになってしまいます。国内でも工業生産額のとびぬけたこの地域に、ぜひ文化の核として、自然史博物館を設立して次世代にかけがえのない自然史研究の文化を伝える役割を持たしていただきたいと思います。
あいちに自然史博物館を!協議会概要
名称:あいちに自然史博物館を!協議会
住所:名古屋市緑区有松町愛宕315 はちや歯科内
メール:n.h.minaichi@google.com
メンバー数:19名
設立 :平成27年8月30日